ぽえみさん祝23歳。誕生日と、大切な人の勇気を振り返って

どうも、阿久津(@kidney0202)です。

本日もブログを更新して参ります。

 

漸くね、このブログの登校日借金も無くなってきましたよ。京都に帰宅して落ち着いた作業スペースと時間を確保できたことが大きいのかなと思います。後、11月はなんだか仕事が少ないです。そんなに営業をかけなかったこともあるんですけど、暇過ぎピンチになりそうです。

とか言っていると某フォロワーさんみたいに「営業かけ過ぎたよ〜逆に忙しいよ〜」

みたいになるから、加減を調節しつつ仕事入れたいですね。ということで皆さん、阿久津は今月暇ですよ!

11月5日は私の妻、ぽえみさんの誕生日でした。

パチパチパチパチ

雑過ぎる営業からのゴリゴリ私事っていうやつです。

まだまだピチピチの二人ですが、今後とも宜しくお願い致します。誕生日当日はあまり予定も決めておらず、ぽえみさん予てよりの希望で山登りをしました。

山登りと言っても、そんなに本格的な山ではないですけどね。

途中に立ち寄ったお寺さん

その後たまにいく喫茶店で昼食を摂り、買い物を済ませてから欲しがっていた花を買いました。百均で鉢や土を買った後、画材屋で猫と戯れ……8.6キロらしいです。もう8.6キロバズーカですにゃー。

夜はピザを頼んで、リーズナブルなお酒を久々に沢山飲みました。

私は無類の炭酸好きなので、もうお酒というより炭酸を飲むのが目的になりつつあります。でも酔うのは楽しいです(ちなみに酔っても殆ど変わらないですし、昨日はかなり酔いましたが普通に音ゲーしてフルコンしていました)。

終わりにケーキを

と、いった感じで特段大きなことはしてあげられず、何か高価なものを買ってあげるわけでもなく。むしろ本来は行きたがっていたピザ屋があったのに、様々な都合的に宅配ピザになってしまう有様……。

普段が健康食生活なので、久々のジャンクフードに対して、個人的にはウキウキでしたが。

 

来年は盛大に、と言わないまでも、計画的にお祝いしたいところですね。

 

計画性と離れた場所にいるここまでの我々

計画性なんていう言葉を口にする資格がない程、我々の人生、特にこの1年は勢いとその場の勘に任せて生きてきました。

 

新婚ホヤホヤの我々ですが、初対面は去年の夏前くらいだったかと思います。当時は2人とも3年付き合った恋人がおり、互いの関係は職場の同僚でしかありませんでした(ぽえみさんはバイトとして働きつつ、3月からそこの社員になることが決まっていました)。

その他の共通項としては、お互いがお互いに苦しんでいて、絶望していたことだけです。印象的なこととして、ぽえみさんは職場で私に「若いうちに死にたいです」と自嘲気味によく話していました。

 

私は私で、年上の男性としての矜持を見せるため

「いつか、今の彼氏じゃない、いい人が他に見つかった時や、子どもができたらその考え方も変わる」

とか言いながら彼女の良き理解者であろうと努めました。ですが裏では私もやはり絶望していました。

 

20代の若輩者が何をそこまで絶望できるのだろうとお思いかもしれませんが、若いからこそ絶望するのかもしれません。

環境や周りの誰かからではなく、自分で自分の首を締め上げていることを理解しつつ、その手が何よりも苦しいのです。けれど解き方を知らず、見えるものも見えないフリをしてしまうのですから自分に絶望する他ありません。

それでも私とぽえみさんの心の中には、現状を変えたいという少しの思いがありました。私たちが出会う以前はそんな気持ちもなかったかもしれません。

 

私は京都でぽえみさんではない女性と結婚して、ぽえみさんは苦しみながら都内で目標もなく働く。それがお互いの正規ルートであると理解しており、そこに希望がないから変えたいと思ったのでしょう。その時既に今年の2月。私は京都で内定を貰い、ぽえみさんも内定者説明会に出ていました。

 

私は当時の彼女と、京都で住むアパートも決め3月中には引っ越す予定でした。

そんな折、ぽえみさんを取り巻く環境に進展がありました。私とぽえみさんが鎌倉で蕎麦湯を楽しんだ後のことです。彼女が当時付き合っていた彼氏と別れたのです。恋愛ですから、付き合いの中で起こった争いには互いに非のある場合もあり、中には苦しいことだけではなく楽しいこともあったのでしょう。

それでも私が知る限り、彼女のことを苦しめ抜いた彼氏と、彼女が別れる決心をしたというのはとてつもない変化で、その行為が私自身にも勇気を与えてくれました。

それを知った私は私で、やはり同じ選択をすることにしました。当時の彼女の両親が遥々四国から出てきてくださり、新小岩のファミレスで3対1の話し合いをさせていただきました。

そこで私がそれまで我慢していたこと、彼女が私に我慢していたこと、私の気持ちが彼女と付き合う上で誠実でないこと、私にできる償いはするといった旨のことを説明し、理解を得ました。

 

こう言っても信じてくださる人は少ないでしょうし、信じていただく必要もないのですが、この時の私は一人で京都に行き、暮らしていくつもりでした。勿論ぽえみさんに対して何も思わなかったと言えば嘘になりますが

・3月から新しい会社で働く準備

・1ヶ月で単身者用のアパートを探し直す苦労

・シーズンにもかかわらず全く手をつけていなかった引越し業者の手配

・当時の彼女と、親との話し合い

・そもそもぽえみさんは内定が決まっていて、別れた後は弟さんと住むことを検討していた

といった山積する課題の中、新しい恋に割く時間はありませんでした。自炊もできず、食事療法に関する腎臓の知識もない私が、京都で一人で働きながら生活をすれば、身体がどうなるのかは自分でも分かっています。

 

壁の先に、もう一つ厚く高い壁が出てきたに過ぎません。

結局ぽえみさん

この後私が決心を決めて男らしくぽえみさんを京都に連れてきたとか、京都で働いた後も東京で働く彼女の元へ通い詰めて、とかそういうのだったらまだ面目が立つのですが、もう年上の矜持もへったくれもありません。

 

自分語りもソコソコしたので詳細は省きますが、揃って当時の上司に頭を下げて怒られ、彼女は内定を辞退しました。お母さんはそのことに怒り、同時にぽえみさんのことをひどく心配しました。

本当は3月中にご両親に挨拶へ伺う予定だったのですが、前述したストレスから2度腸閉塞を起こし、2度飛行機とホテルをキャンセル。結局9月にずれ込みました。

 

兎に角そんなこともありつつ、ぽえみさんのおかげで今の生活があります。3月から本格的に同棲を始めて、そこから彼女は腎臓病についても勉強を始めました。

これからも私たち夫婦は一緒に生きて行きますし、私は今日に至るまでの過程に後悔があっても、今日に至るまでの選択に迷いや後悔を感じることはありません。

 

何度繰り返すことができても、ぽえみさんだけを選び続けることでしょう。これから先、喧嘩したり相手を疎ましく思ったりすることも沢山あるのだと思います。ちなみに最近の悩みは「もう少し人前では男を立ててほしい」です。

そういう時代じゃないのは分かっているんですけど、人間誰しも人前で恥はかきたくないし、よく見られたいじゃないですか。だからほんの少し、旦那さんの「いい話」を人前でしてほしいです、ぽえみさん。

 

話は逸れましたが、このブログが黒歴史にならないよう、お互いを尊重し合えたらいいですね。少し前に某ライターさんが「離婚しました」みたいな記事書いていましたし。

互いの皺と白髪が増えていくことを愛しく思える時間を過ごしましょう。

 

よしなに。